伝説のハッカー、大統領選の守り役に!

アウトレット特別特価

スラッシュドット・ジャパンの記事によると、あのケビン・ミトニックが、エクアドル大統領選挙でセキュリティ・コンサルティングを行うとの事です。

懐かしい名前に反応してしまいましたが、「ハッカー」という言葉を決定づけた人ですね。

それまでは悪意をもってシステムの破壊を行う人は「クラッカー」と呼ばれていました。
「ハッカー」というのは、セキュリティーホールを知らせたり、カーネルを改良したりといった、善い意味で使われていたのですが、この方の事件をきっかけに、広くそれまでの「クラッカー」の意味で浸透することになったんですね。

この方がどれだけ凄かったかというと、

コンピュータ会社のデータを盗んで禁固刑を受けたが、保護観察中に逃亡する。約2年間、ロサンゼルスやシアトルの捜査当局による捜索を逃れ続けた[1]。1994年12月25日からカリフォルニア大学サンディエゴ校にあるサンディエゴ・スーパーコンピュータ・センターに SYNフラッド攻撃や、シーケンス番号が予測可能な既知の脆弱性を利用して TCP コネクションをジャックし侵入に成功。/.rhostsの改竄にすら至った。1995年2月15日に同大センター勤務の下村努の協力を得たFBIによって逮捕された[注釈 1]。禁固5年・執行猶予4年の有罪判決を受け投獄される。(Wikipediaより)

この経緯は、『ハッカーを撃て』という本や、映画『ザ・ハッカー』などで取り上げられ、本人も著作があります。

しかも、白紙の捜査令状で捜査されて、アメリカ史上唯一、保釈聴聞会が開かれずに拘禁され、刑が確定するまで4年半も連邦拘置所で過ごし、更に「刑務所の電話から核戦争を起こすハックをする可能性がある」とされて、8ヶ月も独房で過ごすはめになった伝説つきです。

現在は、セキュリティコンサルティング会社を設立し、来日も果たしたそうです。

ネットワークの黎明期にその名を轟かせた伝説の人が、体制のセキュリティーを守る側に。

時代の流れを感じます。

短納期対応パソコン

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする